予防接種

抗菌薬(抗生物質)は万能ではありません!

みなさんは、「抗菌薬が存在しない世界」を考えたことありますか?
現在、抗菌薬に対する耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)に関して次のような懸念があります。
①抗菌薬の普及に伴って、病原体は様々に変質し、抗菌薬に対する耐性を獲得し蔓延している。何も対策を取らず、現在のペースで増加した場合、2050年には1000万人の死亡が想定され、現在のがんによる死亡者数を超えることになるという指摘もある。
 〈 英国薬剤耐性に関するレビュー委員会(オニール委員会) 第一次報告(2014-12) 〉
②抗菌薬については収益性の低さ等から研究開発が停滞しており、薬剤耐性菌がこれ以上蔓延すると、ペニシリン開発以前の「抗菌薬が存在しない世界」に戻ってしまうとの懸念が国際社会で表明されている。
2016年5月に行われたG7伊勢志摩サミットでも、薬剤耐性への対応強化と研究開発の推進が掲げられています。わが国の抗菌薬耐性菌蔓延の現状を踏まえて、薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが出され、その中の具体的な目標として、ヒトの抗菌薬使用量を2020年(対2013年比)には33%低減させようなど具体的な指標が設定されています。
今日の抗菌薬に対する薬剤耐性のまん延は、安心のため、念のため抗菌薬を使用しておきましょうという過剰治療も原因のひとつと考えられています。私たち、親御さん共に抗菌薬の使用に関して真剣に考えなければならない時代になっていると思います。私たちの診療で多い疾患は呼吸器感染症です。小児の呼吸器感染症を例に対処を考えてみましょう。

小児の呼吸器感染症は、病変部位により急性咽頭炎(かぜ症候群)、急性気管支炎、肺炎等に分類されますが、原因微生物により頻度が異なりウイルスによるものが圧倒的に多いことが判明しております。ウイルス感染症は季節性があり、ほぼ同一時期に流行を繰り返します。

季節的にみた主要ウイルスの流行パターンと代表的疾患

しかし、これらだけの流行かというとそうではなく、例えば、2015年3月のインフルエンザ流行が下火になった3月5日から3月12日までの1週間に当院の患者さんから検出されたウイルスは、インフルエンザBウイルスのほか、RSウイルス、ライノウイルスC、パラインフルエンザウイルス3、ボカウイルス、ヒトメタニューモウイルスなど7種類ありました。
厚労省の保育園における感染症対策ガイドラインでは、登園を控えることが望ましい場合として下記に示されるような状況を推奨されています。

咳の時の対応:登園を控えるのが望ましい場合

実際はといいますと、発熱がない場合登園されていることが多いのが実情と思います。したがって、園内では気道感染症に反復罹患し、発熱し症状の再燃を来すことになります。臨床の場で、親御さんは、「症状が反復する、改善しないので心配」で抗菌薬を所望される場合が多々あり、われわれも念のためと抗菌薬処方する場合があると思われます。しかし、抗菌薬が有効なのは細菌であり、ウイルスに対しては無効です。かぜ症候群に対する抗菌薬の有効性・2次感染防止は複数の検討結果をみますと否定的です(「こどもの発熱とその対応」の項参照)。
抗菌薬の出番を考えるにあたって、発症様式を考えると当初はおもにウイルス感染が主である上気道感染症であり、病変の進展とともに下気道、肺胞病変へと移っていきますが、一部細菌感染の合併を来す場合があります。抗菌薬の出番はこの細菌感染を合併した一部症例のみです。

急性呼吸器感染症の発症様式

したがって、病初期から全例に対して抗菌薬投与は不要です。どのタイミングで抗菌薬の出番があるかを考慮しつつ症状の推移を慎重に診ていき、症状の変化に応じて抗菌薬投与を考慮する必要があります。やみくもに抗菌薬を投与することはお子様のためには益がある場合ばかりではありません。千葉市医師会の市民の健康を守る情報誌「すこやかChiba」(H26-10-15)に掲載された記事を参考にしてください。

「すこやかChiba」掲載記事
「すこやかChiba」掲載記事(H26-10-15)

薬剤耐性菌がこれ以上蔓延し、ペニシリン開発以前の「抗菌薬が存在しない世界」に戻ってしまい、2050年には現在のがんによる死亡者数を超えるようなことがないように、皆で抗菌薬の適正使用を考え、次世代の方々も抗菌薬の恩恵にあずかれるようにしていく必要があります。

(平成28年度 千葉県保険医協会学術研究会・特別講演の一部抜粋)


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